週刊:日本近現代史の空の下で。

過去に向きあう。未来を手に入れる。(ガンバるの反対はサボるではありません)

はたして日本人は敗戦をしっかり胸に刻みこんだのか?

失敗は成功のもと」といいます。それは、失敗を反省し、失敗した原因から学んで、改めて再出発をすることで、二度と同じ過ちを繰り返すことなく、成功へと歩んでいくことを意味しています。

さて、昭和20年の終戦において、日本人は、はたして、敗北感をしっかりと胸に刻みこんだのでしょうか。

ぼくは以前、民意がなぜ、改憲再軍備を望まなかったか、について、

それは、敗戦という体験を共有した国民が、戦争に懲りた、それも、ひどく懲りたためではないかと考えています。戦争末期から戦後占領期にいたる数年間のあまりの過酷さが、日本人に、「もう、こんな思いをするのはたくさんだ、戦争なんて二度とイヤだ」という強い気持ちを持たせたのだと思います。
NHK・BSプレミアム「華族 最後の戦い」と、昭和天皇の退位問題

と書きました。でも、いまは、国民は戦争にはさんざん懲りたものの、みずからの失敗を深く反省して再出発をしたのだろうか、という疑問を持っています。つまり、このままいけば、また、同じ過ちを繰り返すのではなかろうかと。

理由のひとつは、「戦後日本人の思考回路を作った? アメリカ「対日宣伝工作」の真実(賀茂 道子) | 現代ビジネス | 講談社」に指摘されているような、アメリカの対日占領政策です。

国民の多くにとっては、占領政策は歓迎すべきものであった。なぜなら、占領改革は権力者ではなく、国民の大半を占める、農民、女性、労働者に向けられていたからである。そして、それを支えたのが、対日心理作戦で培われた日本人研究であり、対日心理作戦から続く、軍国主義者と国民・天皇を分断する方針であった。

アメリカは、みずからの占領政策を円滑に進めるために、国民・天皇と、軍を切り離しました。戦後の「すべては軍部が悪かった」とする歴史観は、それによって決定的なものとなります。ただ、戦時中も後半から軍の権威は失墜、さらに終戦時のどさくさで軍が醜い実態をさらし出した(軍需品の私物化が横行)ことがその前にあるので、すべてをアメリカの占領政策のせいにはできませんが。

さらに、上記に指摘されているとおり、アメリカの占領政策は、農地改革をはじめ、多くの貧しい国民にとっては嬉しいものでした。

つまり、「すべては軍部は悪かったのだから、自分は悪くない」と考えることができた上、戦時中よりも待遇改善が進められたために、多くの国民は、心底懲りなかったのではないか。

また、占領当初のGHQは、日本に対し、非常に厳しい賠償方針をとっていました。その方針のままであったなら、その後の高度経済成長はありえず、それどころか、貧しい農業国となっていたかもしれません。もしそうなっていたら、それはそれは、国民は懲りたことでしょうが、実際には、暮らしが年々豊かになるウハウハな高度経済成長で、深く反省することはありませんでした。

吉田茂は、晩年の昭和39年、大磯の私邸を訪ねた松谷誠(拙著『終戦史』に登場する、元陸軍軍人)に、こんなことを語っています。

しかしそれにつけても憂慮に耐えないのは国民の態度である。いわゆる小成に安んじて遠大の志望を欠き、大和民族なるものは人類盛衰の原則以外に立っている一種特別の人種のごとく心得て、他国の正当なる権利と利益を無視して傍若無人の行為に出るならば、国を誤るのは火を見るよりも明らかである。
古{いにしえ}より驕る者は久しからずとは個人についてのみならず、国家に対してもまた動かすべからざる真理である。
〔略〕
誰も終戦当時は予想し得なかったことだが、第二次世界大戦後わずかの年月で、敗戦国日本が国力──特に経済力を驚異的に回復充実し、国民は大いに自信を取り戻すようになった。今後日本が独り歩きせねばならぬ段階となって、とかく国民が調子に乗って慢心を起こさぬよう、この忠告を十分かみしめてかからねばなるまい。

アメリカの占領政策によって日本人が敗戦から深く学ぶ機会が奪われてしまったのだとすれば、日本はアメリカによって国家の根幹を奪われた、と言えるかもしれません。あるいはまた、それほど日本が戦争によって犯した罪は大きかった、と言えるかもしれません。

日本国にこの先待ち受ける運命や、いかに。